vol.10 「私の転職事情について~自分の中の真のWillに忠実に生きる~」

こんにちは!

 
本日は私の転職事情についてご説明しようと思います。
 
私は今転職しようとしています。
厳密に言うと、現在の会社を辞めようと思っています。
 
理由はいくつもありますが、あえてまとめるとすると以下になります。
・自分がよりパフォーマンスの出せるフィールドがあると思った
・別の新しいことをしてみたくなった
・自分の成し遂げたい夢が今の働き方の延長線上にないと思った
 
具体的に説明していきたいと思います。
私は、2016年4月に今の会社に入社しました。
入社理由はいくつもありますが、
・事業内容
・働いている人々
・人と差をつけたかった
などが大きく挙げられると思います。
 
今考えるに、どこかで周囲とは違うということを示したかったのだと思います。
それが証拠に当初は、電通三菱地所サントリーなど
日本を代表するリーディングカンパニーから内定をもらうことを目標にしていました笑
 
ただ、今の会社に出会って「ベンチャーも良いな」と思うようになりました。
ビジネスの世界で差をつける、という目標から考えた時に
大きな会社に行くよりも成長スピードが早いと考えました。
 
そもそも、この「周囲と差をつけたい」という願望は学生時代の経験から身についたものだと思います。
学生時代は部活では常にレギュラー、最上級生になれば必ず主将、部長、代表をやりました。
常に、周囲から賞賛を浴びて生きてきたのです。
だから、社会人になるときも、シンプルに言えば周囲から「すごい」と言われるビジネスマンになりたいと
考えたのだと思います。
 
そうして入社したわけですが、入社してすぐに仕事は苦役に変わりました。
可能であれば沢山休日がほしい
家に帰ってまで仕事のことを考えたくはない
など。
 
おそらく日本人の多くがこの感情を抱いているとは思います。
しかし、私はそんな社会人を変えたかったし、当然自分自身がそうなるとは思ってもみなかったのです。
 
仕事=苦役の構図になってしまった理由は
”賞賛をあびる機会が少なかったから”
これに尽きると思います。
 
入社した理由として、働いている人々を挙げましたが
それは今の会社で働いている人々、および出会った同期が極めて優秀だと感じたからでした。
「自分もこんなビジネスマンになりたい」と思ったのです。
 
ただ、誤算だったのは私はそうした「底辺からのスタート」を経験をしたことが無かったがために
苦しい時期を乗り越える術を身につけていなかったことです。
目に見える成果が出せない中で、自分自身の存在意義にいつの間にか疑問を持つようになりました。
 
同期のがむしゃらさにはビックリしました。
就活生をどれだけ獲得できるかという研修、中小・ベンチャー起業の経営者への営業研修でも
同期はとにかくがむしゃらに、目標達成に向けて努力していました。
恥をしのんで友人に紹介を依頼したり、何度も何度も経営者のもとを訪問して営業をしたり。
私は周囲からの目を気にしていきてきたので、「恥をしのんで」というその行為が
できなかったのです。
 
結果、上から数えれば早いとは言え、中途半端な成果に終わりました。
 
苦手なことをしている以上、そういった苦労・殻を破る経験はつきものだったわけですが
なかなか変えられませんでした。
 
そうして配属された最初の部署は営業の部署でした。
 
お金の無い顧客は、どれだけ困っていようと相手にしない。
数字メインの会話。
何人ものマネージャーからの叱責。
そして、目に見える成果も出ない。
どんどん、モチベーションは下がっていきました。
 
遂には、体調を崩し休職することになります。
大きな原因は当然私にあり、「わからない」というその一言が言えなかったがために全てを抱え込み
苦しみました。
約2ヶ月の休職期間、いろいろなことを考えました。
最初は本当に「俺ってなんのために生きているのだろう」と、死についても考えました。
 
しかし、一度職場をはなれて客観的に事実を見つめ直し
それまで誰にも話せなかった苦しみなども、家族や友人に話すことで
適切に私にも大きな原因があったと捉えられるようになりましたし
素直にもう一度職場でやり直したいと思えるようにもなりました。
 
そうして、満を持して復帰した昨年5月。
営業部署ではなく、社員研修の納品部署に配属になりました。
取り組む業務は圧倒的に、営業よりも自分の得意とするもので
部署創設依頼、最も多くの案件を担当するようにもなり
社内でも表彰されるまでになりました。
 
「休職して本当に良かった」と心の底から思いましたし
初めて「仕事が楽しい」と思えました。
後輩も配属され、チームリーダーとしてマネジメントも行うようになりましたが
やはりそれらも得意とする領域で、後輩の成長を目の当たりにして非常に有意義でした。
 
しかし、後輩も一人前になり、私も新たな業務を担当するようになってきたところで
またモチベーションが下がっていきます。
理由はFBを沢山もらわないと進まないプロジェクトにアサインされたからです。
これは当然、私の根底にある承認欲求とは真逆の性質のものです。
 
FBを恐れるあまり、そのプロジェクトに関しての主体性が失われていき
既存業務にばかり勤しむ日々が続きました。
私はその上司からのFBが苦手でした。
どこか「こんなことも分からないの?」という嘲笑を感じてしまったのです。
 
今思うと、私は脱・同一化すべきでした。
というのも、業務に関して怒られていることが、自分の人格全てを否定されていると解釈してしまっていたのです。
怒られるという経験をしてこなかったからです。
 
上司からは「もっと主体的にやりなさい」
MTGの進め方下手だね」などの叱責をもらいます。
そんな中で、2つの案件で大きなクレームをいただくことになりました。
 
私が原因でもあるのですが、その対応は2ヶ月近く続き
モチベーションはギリギリの状態でした。
2ヶ月なんとかやりきったタイミングで上司から
「やる気あるの?」
と叱責をもらいました。
 
この瞬間、なにか自分の中の糸が切れた気がしました。
自虐が始まったのです。
1日会社を休みました。家から出られなくなったのです。
翌日、なんとか会社に行きその後は、定時退社の徹底や業務量の調整など
配慮をしてもらいました。
そうしてなんとか2017年を終えました。
 
年明けには、年末の体調不良もあり部署が異動になります。
営業の部署です。
私は営業目標の数字は持たず、部署の戦略策定や諸々の営業サポートをする役割になります。
完全に私の特性を見極めた上での配慮です。
周囲からもかなり気を使われました。
 
難しそうな業務は一切担当しなくなりました。
できる業務しか与えられなくなったのです。
それもそのはず。
2回も体調を崩してしまっていては、周囲もそうせざるを得ません。
 
しかし、ここで私の脳裏にある言葉がよぎります。
「俺がしたかったことってこんなことなのか」
 
周囲から気を使われ、資料の作成のサポートや印刷サポートなど
誰でもできるような業務ばかり行う日々。
そして、そんな「できること」から脱しようとしていない自分自身。
全てが嫌になりました。
自分が悪いのに、印刷サポートなど気軽に頼んでくる周囲の人たちに対して
「自分のことしか考えていないんだろうな」と、悲観的に見るようになってしまったり
そうした諸々の理由で、会社に行きたくないという思いが募った時に
簡単に休んでしまう自分。
全てが嫌になりました。
 
休んでしまうのは、確かに精神的な不調もあるのかもしれませんが
頑張れるところで、頑張れない自分がいました。
周囲からは「一度会社を休職しているデリケートなやつ」として見られてしまっているということや
休むことでしか周囲に対して自分の現状をアピールできない自分もいました。
 
本当に自分自身が嫌になりました。
 
「俺がなりたかったのはこんな大人なのか」
と思いました。
 
ある時、楠木建さんの記事で、「無努力主義」という言葉を耳にしました。
ある時、堀江貴文さんの「好きなことだけやれば良い」という記事を目にしました。
色々な本で、「好きなことをやり続けるべき」という内容を見ました。
 
そういった中で、一度「私が死ぬまでにしてみたいこと」と書き出してみたのです。
現状からの積み上げではなく、実現可能性は無視して自分の妄想を書いたのです。
沢山でました。
100個近くでました。
 
「世界を平和にしたい」
「貧困の人々を救いたい」
「会社の経営者になりたい」
「教師になりたい」
 
それらは、私の心からの叫びでした。
 
いつの間にか、自分の心からの思いを押し込めて
周囲のことばかり気にしていた自分に気がつきました。
 
いや、厳密に言えば入社当初は私にもWillがありました。
「この会社で一人前になりたい」という。
しかし、それはいつしか完全に消えていました。
モチベーションは全くない状態で、なんとか毎日をやり過ごす日々。
 
今思い返してみてば、私は自分自身のWillに忠実に従っていきてきました。
そして、それはパワーとなり、成果を出して周囲からの賞賛を得てきました。
時間観は確かに短かったです。
その時間観を長期に伸ばそうと努力していましたが、
パワーがでていないので、成果もでず、成長実感もなくなっていた、というのが現状でした。
 
私は気付きました。
「自分のWillに改めて忠実に生きよう」
そして
「自分のWillが消えてしまったら、別のWillに切り替えよう」
「私は周囲よりも少し短いタイムスパンなのだ」
 
書き出してからそれらのことを考える時にはワクワクするようになりました。
 
いろんなことを考えて、今の職場にい続けることは誰のためにもならないと判断し
上司に「辞めたい」という旨、電話で伝えました。
しかし上司は、「体調が悪いからそうした判断になってしまっているのだろう」と
休職を進めてきました。
確かに、1回目の休職の際にも、一度完全に仕事から離れることで自分を客観視でき
「もう一度ここで頑張ろう」と思うこともできました。
上司の言っていることも一理あります。
私はしっかり考え直したい思いもあったので、休職することになりました。
 
5月からの休職期間、自分一人で考えるよりも
自分のWillに関する知識や、自分の思いを改めて整理したいと思い
沢山の人に会いました。家族や友人、転職エージェント。述べ20名近く。
 
そうして色々は話を聞き、また話をする中で明確になったのは
「今の職場の他に、ワクワクできる場所は無限にある」ということ。
ワクワクできるというのは、つまりパワー・モチベーションが出るという意味です。
 
最終的には、起業したい、という思いが強くなりました。
起業せずに死んだら絶対に後悔するなと思ったのです。
やりたいこともあります。
しかし、そのノウハウが無かったのです。
 
経営に関する知識、共に戦うメンバー、事業の具体的なイメージなど
全てがまだ足りないと感じました。
そして、私自身もこのままいきなり起業は絶対に途方にくれてしまうなと感じました。
 
だから、そうした経営に近い経験をしたいと思い、人数の少ないスタートアップを探すようになりました。
非常に自分自身の納得感もありますし、ワクワクしています。
スタートアップにした理由としては、共に創っていく、という感覚がありそうだというのも大きいです。
大きな会社であれば、やはりどこまでいっても自分には上司がいて、その人からFBをもらう
という構図になると思います。
おそらく私はそれが苦手なのだと思います。
上下の関係ではなく、横の関係で共に成長していく、そんな働き方をしたいです。
 
ちなみに起業したいと思った理由は大きく4つです。
・周囲に差をつけたい
・自分の生きた証をこの世に残したい
・自分の組織を持ちたい
・もっとお金を稼ぎたい
 
昔から変わらない「周囲に差をつけたい」という思いもあれば
今の会社に就職してみて感じた思いもあります。
 
実は起業以外にも、政治家になることや、教師になることも夢として持っています。
ただ、時間軸をもって優先順位をつけた時に、今は起業に向けて歩みたいと思いました。
 
色々と考えて思ったのは、人の考えは常に変化するということです。
今は起業に向けて歩みを進めたいと思っていても、数年後にはどうなるかわかりません。
特にこの時代は、環境の変化も著しくそれに伴い、人々の考えもどんどん変わるようになったと思います。
大切なのは「今」をワクワク生きることだと思います。
それが最もパワーを生むものであり、世の中に最も貢献できるものであり、自分が最も幸せになれる手段だと思います。
 
今は、私はスタートアップへの転職を考ていますが非常にワクワクしています。
常にワクワクし続ける、そんな生き方をして後悔なく死にたいと思います。
 
かなりの長文になりましたが、最期までお読みいただきありがとうございました!
 
 
 
 
 
たっこん